先日から「The Godfather: Have we misunderstood America’s greatest film? -「ゴッドファーザー:この偉大な映画は誤解されている?」を読んでいます。


・「ゴッドファーザー:この偉大な映画は誤解されている?」(1)
・「ゴッドファーザー:この偉大な映画は誤解されている?」(2)
・「ゴッドファーザー:この偉大な映画は誤解されている?」(3)
・「ゴッドファーザー:この偉大な映画は誤解されている?」(4)
・「ゴッドファーザー:この偉大な映画は誤解されている?」(5)

By this stage, “I hope that their first child be a masculine child,” sounds more like a curse than a blessing.
この段階になると「第一子は男の子であってほしい」というのは、祝福というより呪いのように聞こえる。

Michael also reunites with Kay, but his marriage proposal is no longer the stuff of romantic comedies.
マイケルはケイと再会するが、彼のプロポーズはもはやラブコメのそれではない。

While Apollonia was in the driving seat, the tearful Kay is ushered into the back of a chauffeur-driven car.
アポロニアが運転席にいた時、涙ぐむケイは運転手付きの車の後部座席に案内される。

You could easily mistake the scene for a kidnapping.
まるで誘拐と間違えそうな光景だ。

In Puzo’s novel, Kay is willing to accept her place in the Corleone crime syndicate,
プーゾの小説では、ケイはコルレオーネ犯罪組織での自分の立場を受け入れようとする、

but the film’s famous ending has Michael’s study door being closed in her distraught face so that he can strategise with his lieutenants in private.
だが映画の有名なエンディングでは、マイケルが部下と内密に戦略を練るために、彼女の取り乱した顔の前で書斎のドアが閉められる。


distraught「~でひどく取り乱して、気の狂った」。

lieutenant「上官代理、副官、大尉、中尉、警部補、(消防署の)隊長補佐」

She is separated from him, just as Vito’s wife (Morgana King) was all through the film.
ヴィトーの妻(モルガナ・キング)が映画の中でずっとそうであったように、彼女も彼とは引き離されるのだ。

That’s what being a Mafia boss means, it seems: being cut off from female influence.
マフィアのボスとは、女性の影響を遮断するものらしい。



へえ、小説だとケイは映画版とは少し違う人生を歩むようですね。

確かに映画シリーズを通して、女性が表に出る事は無い印象ですが、若きヴィトーを描いたパート2では、奥さんの存在感もそれなりにあります。

あの貧しい若い時代を夫婦で生き抜いてのその後、と言う感じで、マンマが出てこないことには、個人的にそんなに違和感ないかなと思っています。


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