今日から「Why The Godfather Part III has been unfairly demonised -「ゴッドファーザー パート3が不当に悪者扱いされた理由」を読んでいます。

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The final part of the Godfather trilogy is considered such an artistic disaster that you’d think Francis Ford Coppola had forgotten how to make a film in the 16 years that followed The Godfather Part II (1974).
ゴッドファーザー三部作の最終作は、フランシス・フォード・コッポラがパート2(1974)以降の16年間で映画の作り方を忘れたかと思われるほどの駄作と見なされている。

Part III’s most famous dialogue – Al Pacino as the aging Mafia don Michael Corleone snarls, “Just when I thought I was out, they pull me back in” – has become an easy laugh line.
パート3で最も有名なセリフ、アル・パチーノ演じる老いたマフィアのドン、マイケルがうなるように言う「やっと(裏社会から)抜け出せたと思うと、奴らはまた俺を引き戻す」は、ジョークのネタにもなった。

But 30 years after its release, it is time to rescue Godfather III from its terrible reputation.
しかし公開から30年経ち、パート3をその酷い評価から救い出す時が来た。

Pacino’s eloquent, fiery, knowing central performance is supported by several bravura set pieces that are mini-masterpieces in themselves.
パチーノの表情豊かに燃え盛る物語の中心を担う演技自体は、華麗な舞台装置によって引き立てられた傑作になっている。


eloquent「雄弁な、能弁な、人を動かす力のある、感銘的な、表情豊かな、~をよく表わして」。

bravura「(音楽・劇で)大胆で華麗な演奏、華麗な、大胆な、さっそうとした」。

With deliberate echoes of the earlier Godfather films, there is singing and dancing at a family party, a bold murder during the San Gennaro street festival, a tragedy on the steps of an opera house in Sicily.
前作を慎重になぞり、一族のパーティーでの歌やダンス、祭りの最中の大胆な殺人、シチリアのオペラハウスの階段での悲劇もある。


deliberate「故意の、計画的な、慎重な、よく考えたうえでの、思慮のある、気の長い、落ち着いた」。

echo「こだま、反響、共鳴、(他人の意見等の)そのままの繰り返し、付和雷同者、模倣者、電磁波の反射」。

Hindsight alone would tell us how seriously the film has been undervalued, even without Coppola’s newly restored, re-edited and renamed version.
例えコッポラによって新しく復元、再編集、タイトルが変更されたバージョンがなくても、振り返って考えればこの作品がどれほど酷く過小評価されているかが分かる。


hindsight「後知恵で、後から・振り返って考えれば、後で分かったことだが、今になってみれば、結果的に」。

It now has the title Mario Puzo’s The Godfather, Coda: The Death of Michael Corleone.
現在パート3は「マリオ・プーゾのゴッドファーザー コーダ:マイケル・コルレオーネの死」というタイトルが付けられている。


coda「コーダ、(楽曲・楽章などの)終結部、(劇等の)終結部分」。

Calling it a coda emphasises its connection to the earlier instalments, and even hints at its lesser stature.
これをコーダと呼ぶことで前作品群との関係を強調しつつ、それらには及ばない事を暗示してさえいる。


instalment「設置、装置、取り付け、据え置き、掛け金、(シリーズ・連作の)一回分」。

stature「身長、背丈、(精神的な)成長度合、進歩、(到達した)才能、才覚、達成、偉業」。

And the word ‘death’ signals its dark inevitability, although the meaning of that word is slipperier than it first appears.
そして「死」という言葉は、避けがたい凶兆の合図だが、その言葉の示すものは最初の時よりぼやけている。


inevitability「避けがたいこと、不可避、必然(性)」。

slippery「つるつるした、よく滑る、つかみにくい、つるりと逃げる、あてにならない、ずるい、意味のはっきりしない、あいまいな」。


内容から察するに、パート3の再編集版がリリースされたようで、これは見ないと!と思ってます。

個人的には3が公開時に1と2に比べて見劣りしたのは、まあ仕方なかったと思っています。

まずトム・ヘイゲン役のロバート・デュバルが居なかったし、ウィノナ・ライダーだったはずのマイケルの娘役に自分の娘を出しちゃうし、舞台も(当時の)現代に設定されていた分、物語全体の重みが減った感じがしちゃったんですよね・・・。

でも毎年一回は全作見直していると、ある時(2~3年前くらい)から、何故か3の味わいが増してきました。

自分も年を重ねて少しはマイケルの気持ちが理解できるようになったせいなのか、物語の時代がひと昔前になったせいなのか分かりませんが、最初に見た時ほど劣っているように見えず、むしろ3はサーガの最終章として絶対に必要だと思うようになり・・・

ただもう無理でしょうが、出来ればロバート・デュバルが居てほしかった・・・一応息子が出てきますが、ソニーもフレドもいない後、トムが居てくれたら全体でもっと統一感が出たのかなと思います。

なんか3だけどうしても唐突な、異質な感じがするんですが、それは多分1から3を通じて出ている主要キャラがマイケルだけだから(ケイとコニーは居るけども)という気がします。

ギャラでもめたとかいう話ですが、本当であれば、そこはちょっとデュバル氏に折れてほしかった(笑)。

ともかくどんな事情で不当な評価をうけたのか、先を読んでいきましょう!


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