昨日から「The fate of antiques and heirlooms in a disposable age -「使い捨て時代のアンティークと家宝の運命」を読んでいます。

使い捨て時代のアンティークと家宝の運命


・「使い捨て時代のアンティークと家宝の運命」(1)

There might be another reason Japanese people are more relaxed about the aging of antiques
日本人が骨董品の経年変化に寛容なのは、別の理由もあるかもしれない、

- the patina that collects on their surface, the small chips and cracks bring their own joy.
表面に蓄積された古色、小さな欠けやひび割れは、それぞれに喜びをもたらすのだろう。


patina「(銅・青銅器などの)古さび、緑青、(家具などの時代がかった)古つや、古色、古趣」。

Naturally, there is a word for that: wabi-sabi.
自然とそこに「侘び寂び」という言葉が生まれた。

“Wabi-sabi, is a complex philosophical concept,” says Vasiliki Tsaknaki, a postdoctoral researcher and teacher in interaction design at the Royal Institute of Technology (KTH) in Sweden.
「『わびさび』とは複雑な哲学的概念です」と話すのは、スウェーデン王立工科大学の博士研究員であり、インタラクションデザインの講師でもあるヴァシリキ・ツァクナキ氏。

“The philosophy has its roots in Zen Buddhism.
「その哲学のルーツは禅宗にあります。

The way I understand it, some things are impermanent, incomplete and imperfect
私の理解では、あるものは無常であり、不完全であり、不完全であり、

- and there is a joy that comes from observing that decay.
その衰えを観察することで得られる喜びがあります。


decay「腐る、腐敗する、虫歯になる、衰える、衰退・堕落する、(自然)崩壊する」。

Wabi-sabi to me has also to do with a humble value and preciousness that comes by the fact that these things show vulnerabilities and fragility.”
私にとっての 『わびさび』とは、弱さや脆さを露呈することからくる、つつましやかな価値や尊さでもあります。」

Ko-imari is just one example of the curious and varied ways we treasure old objects.
古伊万里は、古い物を愛でる不思議で多様な方法の一例だ。

In the West, by contrast, many porcelain antiques are found inside glass cabinets, never to be touched.
欧米では、磁器の骨董品はガラスのキャビネットの中にあり、触れることはない。

The way we value antiques also differs over time, depending on the fashions and cultural norms of the moment.
更にアンティークの価値付けは、その時の流行や文化的な規範によっても異なる。

So, how are attitudes to antiques evolving today?
では現在、アンティークに対する考え方はどう変化しているだろうか?

And might the disposable and digital age we live in produce fewer heirlooms for future generations?
そして使い捨てやデジタルの時代では、将来に伝える家宝は減るのだろうか?



日本では器が欠けても、またはひび割れすらも愛でる対象と考えるのに対し、欧米の骨董磁器は完璧であることを愛でる(だからキャビネットに保存して触れない)という感じなんでしょうか。

食器を考えてみても、和食器は割と何でもござれという感じがしますが、洋食器はきっちり用途が決まっていて、それ意外の使い道があまりないものが多い気はします。

例えばティーカップとソーサー、それは紅茶を飲む器であり、それで焼酎やワイン、お酒を飲むのはどう考えてもおかしいですよね。

これがもし蕎麦猪口ならば、そばつゆはもちろん、緑茶でも紅茶でもお酒でも、おかしいとまではならず、むしろ趣があるような気さえします。

そんな感じで和食器は万事に曖昧さ、大らかさを感じますし、その辺りが「欠けもひびもまた美しい」という感性に繋がるのかな?なんて思いました。


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